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判例研究-有価証券報告書の虚偽記載と損害(最判平成24年12月21日)
2013.08.16

1 最判平成24年12月21日(判例タイムズ№1386 p169~178)

 

2 事案の概要

   東証一部上場企業であった株式会社アーバンコーポレイション(Y)は,資金調達が困難で株価が値下がりを続ける中で,B社に発 行総額300億の転換社債型新株予約権付社債を発行する旨の取締役決議をしました。ところが,払込金300億円が即時に,Bに還流することになっており,しかもそのことについて,Y社は,臨時報告書に何らの記載しませんでした。

  Y社は,平成20年8月13日,虚偽記載の事実を公表し,再生手続き開始の申し立てし,同年9月14日,上場廃止となりました。

   個人投資家Xは,大規模な資金調達後の平成20年8月12日に,3200株を22万0800円で,同月13日に100株を6800円で購入し,上場廃止後の,同月15日に,3300株を2万9700円で売却しました。

   Xは,22万0800円+6800円-2万9700円=19万7900円を損したことになります。

   Xは,Yが開示した臨時報告書等に虚偽記載があったことを理由として,Yの再生手続において,金融商品取引法21条の2に基づく損害賠償債権について再生債権として届出をしましたが,Yが全額を認めなかったため,上記債権の存否や額が,査定異議訴訟という形で争われました。

 

 

3 前提となる知識

⑴ 金融商品取引法について

    金融商品取引法は,金融・資本市場を取り巻く環境の変化に対応し,幅広い金融商品についての投資者保護のための横断的な 法律 と して,証券取引法を改正する形で,平成19年9月30日に施行されました。成立後も,金融界の様々な要請に基づいて頻繁に改正がされています。

    金融商品取引法は,業法としての側面と取引規制の法としての側面を有しているとされています。

   規制の手法として,行政規制(金融商品取引業者に対する規制,金融商品取引業協会及び金融商品取引所に対する規制),刑事罰,課徴金制度,及び私法的規制があります。

   私法的規制として,有価証券報告書や臨時報告書の継続開示にかかる民事責任があります。

 

⑵ 継続開示とは

 

ア 継続開示とは,投資者に対して,投資判断に必要な情報を開示する制度で,一事業年度ごとに情報を開示する制度である有価証券報告書制度が中核を占め,事業年度末日以降に生じた変化を開示する必要があるため,臨時報告書制度が設けられています。

 

イ 有価証券報告書

    有価証券報告書とは,有価証券の発行企業が,投資判断に必要な情報を,一事業年度ごとに投資者に対して開示するための制度です。金融商品取引法第24条1項により,提出義務を負う発行者は,毎事業年度終了後3ヶ月以内に内閣総理大臣に提出することが義務付けられています。
   有価証券報告書には以下の内容が記載されています。
・企業の概況(企業の沿革,事業の内容など)
・事業の状況(業績,課題,経営上の重要な契約,研究開発活動など)
・設備の状況(設備投資など)
・提出会社の状況(株式の総数等,新株予約権等の状況,配当政策,株価の推移など)
・経理の状況(連結財務諸表と財務諸表(貸借対照表,損益計算書,キャッシュフロー計算書など))
・株式事務の概要
・参考情報

 

ウ 臨時報告書

   臨時報告書とは,金融商品取引法で規定されている会社の重要事項が決定または発生した場合に作成する企業内容の外部への開示資料です。

  有価証券報告書提出会社において,内閣府令に規定される事項を決定した場合,または規定される事実が発生した場合に提出義務を負います(金融商品取引法24条の5第4項)。
    有価証券報告書,四半期(半期)報告書を提出した後,次の法定書類が提出されるまでの期間中に起こった重要な事項・事実を開示することにより,投資者,証券市場の信頼性を確保するものです。

 

⑶ 虚偽記載と損害賠償責任

 

ア 本事案では,開示された不実の臨時報告書の記載を信頼して株式を取得した個人投資家の株式の値下がりについての損害賠償請求権が問題になったものです。

    有価証券報告書等に虚偽記載をした者の損害賠償責任については,金融商品取引法21条の2に規定があります。
    この規定は,有価証券を購入する投資者が,不実の記載のある有価証券報告書等を参考にした場合,その不実の記載があったことにより不測の損害を負うことになるため,投資者に対する救済手段を設けたものです。

 

イ 成立のための要件

   金融商品取引法21条の2第1項は,次の①ないし④の事項を,損害賠償責任成立のための要件とし,有価証券報告書等の提出をした者に対して損害賠償請求ができるとしています。
① 有価証券報告書等の重要な書類に
  ・重要な事項について虚偽の記載がある
  ・記載すべき重要な事項の記載が欠けている
  ・誤解を生じさせないために必要な重要な事項の記載が欠けている
  のいずれかがあること
② 有価証券報告書等の縦覧期間のうちに当該有価証券を取得したこと
③ 虚偽の記載や記載が欠けていることが理由で損害が生じたこと
④ 当該有価証券を取得した者が,その取得の際に虚偽記載を知らなかったこと
 この規定により,虚偽記載により損害を受けた投資者は,有価証券報告書等を届け出た会社に対して損害賠償請求をでき,発行会社は無過失責任を負うことになります(金融商品取引法21条の2第1項)。

 

ウ 損害

 

(ア)損害額の推定規定(金融商品取引法21条の2第2項)

    虚偽記載の事実が公表された日以前1年以内に有価証券を取得し,公表日に引き続きその有価証券を取得する投資者が被った損害額について,推定規定があります(同条第2項)。
 その計算は,

(虚偽記載が公表された日以前1ヶ月の市場価格の平均額)-

(公表日後1ヶ月間の当該有価証券の市場価格の平均額)

となります。

  つまり,公表日前後各1ヶ月の市場平均価格の差額を損害と計算できます。

  この推定規定は,不実記載がない場合の価額を,投資家の側が主張,証明することは極めて困難であるため,設けられたものです。

 

(イ)上限規定(金融商品取引法19条1項)

  推定規定を使用する場合も,損害額には次の①②の各場合に応じて,上限の規定があり,これを超えない範囲で損害が認められることになります(金融商品取引法22条の2第1項,19条1項)。
 ①損害賠償請求時に株式を保有している場合
  (取得価格)-(損害賠償請求時の市場価額)
 ②損害賠償請求時に株式をすでに処分している場合
  (取得価格)-(処分価額)

 

(ウ)減額規定(金融商品取引法22条の2第4項,第5項)

  推定規定を使用する場合も,損害の額の全部または一部が,当該書類の虚偽記載等によって生ずべき当該有価証券の値下がり以外の事情により生じたことを証明したときは,その全部又は一部について,賠償の責任を負わないとされています(金融商品取引法22条の2第4項)。

  また,損害の額の全部または一部が,当該書類の虚偽記載等によって生ずべき当該有価証券の値下がり以外の事情により生じたことが認められ,かつ当該事情により生じた損害の性質上その額を証明することが極めて困難であるときには,裁判所は,相当な額の認定をすることができるとされています(同条第5項)。

  これらの減額規定の趣旨は,投資者と不実記載を行った発行者との間で,損害額の証明に係る負担の公平を図るため,とされています。

 

4 結論

争点:Xの損害には,虚偽記載以外の事情(再生手続きの申立てをしたこと,公表日前の値下がり)が含まれており,金商法21条の2第4項又は同5項の規定によって減額すべきではないか。

第一審:21条の2第2項によって,損害額を推定

     19条1項の制限を適用 (取得価格)-(処分価額)

     21条の2第5項によって,2割減額

 

原審: 21条の2第2項によって,損害額を推定

     19条1項の制限を適用 (取得価格)-(処分価額)

     21条の2第4項及び5項の減額を認めず

 

最判: 原審差し戻し

ⅰ本件公表日後のY株の値下がりは,虚偽記載の事実と再生申立の事実があいまって生じたもの→Xらの損害には,虚偽記載以外の事情により生じたものが含まれている。

Yの株は平成20年5月14日以降,本件公表日に至るまで,ほぼ一貫して値下がりを続けており,公表日後の値下がりには,本件虚偽記載とは無関係な要因により生じた分が含まれている。

金商法21条の2第4項又は同5項の規定によって減額すべき

→減額を否定した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある

 

5 考察

   近年,有価証券報告書等の虚偽記載等を理由として,投資家が発行会社に対して,民法や金商法に基づき損害賠償を提起する訴訟が増加しています。

   本判例もそのうちの一つで,アーバンコーポレイションによる臨時報告書等の虚偽記載等について,個人投資家から,査定異議訴訟が多数提起されました。

   本事案はその訴訟の中の一つですが,金商法21条の2第2項の損害額推定記載を用いて,損害額が推定された場合に,同上4項又は5項によって減額することの可否や減額割合が争点になったものです。

   本事案での値下がりの原因として,主に考えられるのは,

①虚偽記載がある臨時報告書の提出

②再生申立をしたこと

③虚偽記載の事実を公表する前の原因

の三つがあります。

   値下がりの原因として,虚偽記載以外に原因があることが証明されれば,当然,金融商品取引法22条の2第4項,第5項によって,会社は賠償額を減額することができます。

   原判決は,②再生申立てに起因する値下がりも,①本件虚偽記載等と相当因果関係がある値下がりといえるとし,金融商品取引法22条の2第4項,第5項の適用を,一切,認めませんでした。 

   また,③の公表日前の値下がりについては,一切考慮しませんでした。

   これに対して,最判は,値下がりは,①虚偽記載の事実と②再生申立の事実があいまって生じたものとして,Xの損害には,虚偽記載以外の事情により生じたものが含まれている,としました。

   また,最判は,値下がりは,公表日前から一貫して続いていたことを指摘し,③公表日前の要因もある,ともしました。

   悪質な虚偽記載によって,倒産のおそれが全くなかった会社が,倒産に至った場合には,原判決のように言いうるかもしれませんが,本事案では,かねてから継続していた資金繰りが悪化して,再生申立をするに至ったという側面があり,また,TOBなども見込まれていて倒産状態とも言えないので,原判決の理屈は無理があると思います。

   また,公表日前の値下がりについては,本件虚偽記載の事実が公表されない中でも,Y社の株価は一貫して値下がりを続けていたのですから,やはり,最終的な値下がりの要因として無視はできないと思います。

   本判決は,今後も増加するであろう,投資家からの,有価証券報告書等の虚偽記載についての損害賠償請求事件にあたって,参考になる判断だと思います。